「鉄釉盃」と青瓷の人――松浦 祐介、創作の軌跡
「鉄釉盃」と青瓷の人――松浦 祐介、創作の軌跡
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🎵 「鉄釉盃」と青瓷の人――松浦 祐介、創作の軌跡
culture | September 02, 2026

「鉄釉盃」と青瓷の人――松浦 祐介、創作の軌跡

「松浦 祐介」と聞いて、まず目に浮かぶのは“器の表情”だ。鉄釉の深い黒み、青瓷(せいじ)の澄んだ色、そして黄瀬戸の温度感――。恵那市を拠点に工房を構え、2010年代から確かな足取りで展示と販売を重ねてきた作家の輪郭が、いま改めて注目されている。

松浦 祐介(1984年生)は大阪府吹田市出身で、2016年に岐阜県恵那市で個人工房を開設。 青瓷、黄瀬戸、鉄釉など多彩な釉薬表現を武器に、国内外の展示会や市集で存在感を高めてきた。

項目 要点
名前 松浦 祐介(まつうら ゆうすけ)
生年 1984年
出身 大阪府吹田市
学び 2013年に愛知県立窯業高等技術専門校卒業後、鈴木五郎氏のもとで陶芸を学ぶ
工房 2016年、岐阜県恵那市で個人工房を開設
代表的な技法・釉 青瓷、黄瀬戸、鉄釉
代表作例 「鉄釉盃」「青瓷盃」など

松浦 祐介は「色」と「質感」をどう扱っているのか

松浦 祐介の作品で最初に引っかかるのは、見た目の派手さよりも“触れたくなる手ざわり”と“光の当たり方”だ。青瓷は、ただ青いだけでは終わらない。薄い膜のように、釉薬の層が光を受けて滲む。鉄釉は逆に、静かに沈む黒が魅力になる。湯呑の縁や盃の立ち上がりで、深い陰影が少しずつ変わる。

こうした表現には、釉薬の調合だけでなく、焼成の条件が積み重なる。温度の上がり方、酸化・還元のタイミング、冷却の速度。どれか一つがずれると、色も艶も別の方向へ行く。器が“毎回同じ”にならないのは、失敗というより、素材と対話している証拠でもある。

1984年・吹田市から始まった学び:2013年の専門校卒業

松浦 祐介の歩みは、まず基礎を固める時期から始まっている。1984年に大阪府吹田市で生まれ、陶芸の道へ進む準備を整えた。転機の一つが2013年だ。愛知県立窯業高等技術専門校を卒業し、陶芸としての土台を学び直した。

この時点で重要なのは、釉薬や成形だけでなく、窯業としての“技術の読み方”を身につけた点だ。陶芸は職人技だけで成立するように見えるが、実際は材料・工程・道具の相互関係が支える。専門校で得る知識は、後に工房で試作を回すときの判断基準になる。

鈴木五郎氏のもとでの修業がもたらしたもの

卒業後、松浦 祐介は鈴木五郎氏のもとで陶芸を学んだ。ここでの学びは、単に技術を“習う”というより、どう観察し、どう修正するかの姿勢につながる。器の色は、作って終わりではない。焼いて、その結果を見て、次の一手を決める。その繰り返しを受け止める目が育つ。

師のもとでの経験があるからこそ、後の個人工房で多彩な釉(青瓷、黄瀬戸、鉄釉)へ展開できた、と見てよい。幅は“才能”だけでは広がらない。検証の回数が増えるほど、選べる表現の方向が増えるのだ。

2016年、恵那市で工房を開設—制作が“自分のペース”に変わる

2016年、松浦 祐介は岐阜県恵那市で個人工房を開設した。ここが大きな分岐点になる。工房を持つということは、作品を作るだけでなく、材料の調達、焼成計画、展示や販売への接続まで、自分の責任で回すことだ。

恵那市は、焼き物の文化が根付いた地域の一つとして知られ、周辺には窯業に携わる人や技術の蓄積がある。環境は偶然ではない。器は土地の“感覚”とも結びつく。地元の情報や交流が、試作のヒントになることは多い。

青瓷・黄瀬戸・鉄釉:松浦 祐介の「釉薬別」見どころ

松浦 祐介の制作で特に名前が挙がるのは、青瓷、黄瀬戸、鉄釉だ。釉は同じ器にかけても、質感と“時間”の出方が変わる。青瓷は、色の透明感が印象に残りやすい。黄瀬戸は、温かいニュアンスを帯びて、食卓の空気をやわらげる。

そして鉄釉。松浦 祐介の作品名としても「鉄釉盃」が挙がるように、鉄釉の表情は軸になっている。黒の中に微かなムラや層が見えることがあり、その差が飲み物の輪郭まで変えてしまうように見える。

盃の形が「色」を仕立てる

盃は、面積が小さいからこそ釉の表情が誤魔化せない。だからこそ、松浦 祐介は盃の形で色を仕立てる必要がある。縁の反り、底の厚み、立ち上がりの角度。わずかな違いが、光の滑り方と影の沈み方を変える。

器の美しさは、完璧な統一ではない。個体差が“悪いばらつき”に見えないよう、意図したムラや移ろいがどこに出るかを見極める。そこに作家の判断が現れる。

展示会・市集で評価が広がる理由:手に取れる説明力

松浦 祐介の作品は、恵那市を拠点に全国各地の展示会や市集で発表されている。ここで重要なのは、作品そのものに加えて、購入者に“見方”を伝えられるかどうかだ。釉の違いは、写真よりも現物で理解が進む。現場で言葉が添えられると、納得して選べる。

展示と販売の場を行き来している作家は多いが、松浦 祐介の場合は、技法の幅が「説明できる複数の軸」に整理されている点が目立つ。青瓷、黄瀬戸、鉄釉という言葉が、そのまま作品選びの指針になる。

オンラインショップで届く「日常の距離感」

さらに、作品は「えにし庵」や「うつわ御結」などのオンラインショップでも販売されている。ここでの価値は、作品が特別な機会だけのものではなく、日常の食卓や晩酌の時間に“持ち込める”ことだ。器は、手に入れた瞬間から使われて初めて完成度が見えてくる。

松浦 祐介の「作品名」から見える制作方針—鉄釉盃と青瓷盃

代表作として紹介されるのが「鉄釉盃」や「青瓷盃」だ。名前の付け方は、作品の狙いが透けて見える。鉄釉盃であれば、鉄釉の強い個性に主役を任せている。青瓷盃は、透明感や落ち着きのある色味を主役に据えている。

つまり松浦 祐介の制作方針は、器の形で“全部を整える”のではなく、釉薬が持つ性格を中心に据えながら、器がその性格を損ねないように仕立てることにある。盃は飲む道具でありながら、同時に小さな鑑賞対象でもある。作家はその二重の役割を、釉と形のバランスでまとめている。

多彩な技法が「選べる体験」になる

青瓷、黄瀬戸、鉄釉。これらは“趣味の違い”として片付けるにはもったいない。むしろ、同じ作家の作品でも、見る時間の長さや味わう感覚が変わる。冷たい飲み物なら青瓷が映える場面があるし、温かい飲み物や料理の色には黄瀬戸が馴染むことがある。鉄釉は、暗い色が持つ落ち着きが食卓のリズムを整える。

これからの松浦 祐介:技術の蓄積が次の「新しさ」を呼ぶ

2016年に工房を開いて以降、松浦 祐介は多彩な釉薬表現を継続してきた。ここから先に問われるのは、技術が“増える”こと以上に、表現の中心がどう移り変わるかだ。作家は年数とともに、全部を同じ比率で追わなくなる。勝ち筋が見えた領域を深掘りし、別の領域は変化のために残す。

青瓷が得意になれば、透明感の限界をどこまで攻めるのか。鉄釉が強みになれば、黒の濃淡をどのように制御するのか。黄瀬戸が当たり筋を増やしていけば、色の温度を上げるのか、それとも落ち着かせるのか。こうした選択は、単なる好みではなく“焼成結果の統計”に近いものになる。

松浦 祐介の仕事は、派手な説明よりも、手触りと色の移ろいで語るタイプだ。だからこそ、現物の出会いが増えるほど評価が確かになる。展示会や市集で見かけたときは、盃の縁と底の厚み、釉のムラや艶の出方に目を向けてほしい。そこに、作家の判断が積み重ねられている。

Frequently Asked Questions

松浦 祐介はどこを拠点に活動していますか?

岐阜県恵那市を拠点に、全国の展示会や市集で作品を発表しています。

松浦 祐介の経歴で重要な年はいつですか?

2013年に愛知県立窯業高等技術専門校を卒業し、鈴木五郎氏のもとで陶芸を学びました。2016年に恵那市で個人工房を開設しています。

代表的な技法(釉薬)は何ですか?

青瓷、黄瀬戸、鉄釉が特に知られています。

代表作にはどんなものがありますか?

「鉄釉盃」「青瓷盃」などが代表作として紹介されています。

作品はオンラインで購入できますか?

「えにし庵」「うつわ御結」などのオンラインショップで販売されていることがあります。